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統計数理研究所 特任助教 伊高静先生

統計数理研究所
特任助教

伊高静先生

Photo by 広瀬慎也



 現在の研究について教えてください

 

 統計数理研究所に着任して1年ですので、これまで林学分野の研究をする中で蓄積してきた実データをいかに解析するか、多彩な解析手法を現在学びつつあるところです。これまで行ってきたのは木の年輪を解析する「年輪学」と地図上の情報を見やすく加工・表示するテクニックである「GIS」の扱いですが、広範な森林問題を解決するために統計数理的なアプローチ、特に数理最適化の手法を駆使できるようになりたいと考えています。

 

 大学卒業後、森林学を学ぶためにドイツへ行かれたということですが、なぜ修士課程から、ドイツへの留学を考えたのでしょうか?

 

 高校の頃に遡るのですが、私が通った都立北園高校というところは第二外国語が選択可能だったので、気軽な気持ちでドイツ語を選択しました。その後、大学受験や大学の一般教養でドイツ語を選択することが重なり、ドイツ語の学力とともに学習へのモチベーションも上がってきて、ついにはintensive courseまで受講したほどでした。一方、大学では林学を専攻したのですが、興味があった環境問題や林学はドイツが非常に進んでいるということを知り、たまたま学んでいた語学と留学先の候補が合致した訳です。加えて、当時のドイツでは前期博士課程はほぼ無償だったので、語学、興味、そして経済的な理由と、いくつかの条件が重なってドイツ留学を決めたと思います。

 

 ドイツ留学の印象を聞かせてください。

 

 私が学生時代に滞在していたフライブルグという町はドイツの南部で山が近く、自然好きな人が多く暮らしており、エコシティという印象がありました。バブル終了後の余韻が残った日本とは異なる、物欲的・ブランド志向とはかけ離れた素朴な生活に居心地の良さを感じました。
 しかし語学は本当に大変でした。大学院で学べるレベルに達するまで必死で勉強しました。1年の語学修行の後に大学院に進み森林学を学びはじめましたが、そこでもドイツ語の方言や、授業で頻発するラテン語に苦しみました。

 

 森林学を学ぶ環境として、ドイツと日本との違いはどう感じられましたか?

 

 日本で学際研究という言葉を頻繁に聞くようになったのはつい最近のことのように思いますが、ドイツの大学では、学際研究とは?なぜ学際研究は大切なのか?を学ぶ授業が私の留学当時からありました。そこでは、先生と学生の間で活発な意見が交わされていました。
 学生時代に楽しかったことで、エクスカーションという野外実習がありました。森林学の実際を学ぶために森を見に行くのですが、複数選択したうちの一つでは、ドナウ川に沿って1週間かけて上流から下流へ自転車で移動しながら、森を含めた川周辺の植生や土地利用のされ方を勉強しました。途中、農家の納屋やユースホステルに泊まったのも良い思い出です。また、真冬の森に集合して、ボールペンのインクが出なくなるほどの寒さの中、「今、目の前にある森、この森はどういう森か?あなただったらこの森をどう管理するか?」という問いに答えなければならないこともありました。学生は寒さのあまり、早く課題を終えて町に戻り、クリスマスマーケットのホットワインを飲んで体を温めたいという考えしかなかったのですが、実践的な課題に取り組むプログラムとしては優れていたと思います。
 また、懸賞論文をドイツ語で書いたことも思い出の一つです。私は地図を作るのが好きで、近所のシュヴァルツヴァルト(ドイツ語で「黒い森」)の一部をくまなく歩きまわり、どの道を通れば森の良い影響を受けられるか、フィトンチッドの多い針葉樹の区域だけでなく変化に富んだ景色を楽しめるようなルートを考えて、それについて述べた論文を書きました。しかし、地図を持っていながら、けもの道に迷い込んでしまうことも度々でした。

 

 ドイツ語で懸賞論文を書けたなんて、すごいですね。

 

 10年もいればドイツ語の読み書きはある程度出来るようになりましたが、問題は英語で、あなたの英語はドイツ語っぽいと人に良く言われます。主文、副文といった形で、ドイツ語的な骨格の文章を書いてしまいますし、実はドイツ語で考えて、それを英語に訳しているようです。英語が出来ない研究者はありえないと、ドイツで会社勤めをしながら、英語力向上のためカナダやアメリカへ行き、インターンとして働いた経験もあります。

 

 前期課程を修了して、すぐに後期課程への進学はしなかったのはなぜですか?

 

 経済的な面からも就職しなければという思いは強かったのですが、ドイツで学ぶうちに、研究以外のことを知らなくて良いのだろうかと疑問を持ったのが大きな理由です。ドイツでは大学の先生になる前に、インターン等の社会経験をすることが推奨されていたと思います。これまで私が受けた教育の中でも、実社会での経験がある先生の方が、学生に伝えたいこと、なぜこれを学ばなければならないのかという問いに対する答え、授業に対するモチベーション、いずれもはっきりとしていると思いました。森林学を学ぶうちに、一度この閉じられた学問の世界から出て、社会の動きを知りたいと考える気持ちが強まったため、まずは木材の国際貿易に関わる仕事に就きました。

 

 ヨーロッパやアメリカでの実社会経験を経た後、日本に戻られたきっかけは何でしたか?

 

 博士課程に復帰することを希望しつつ、勤め先を転々としながら、数年が経過しましたが、現在の夫と現地(ドイツ)で出会い、彼が海外赴任を終えて帰国する時に、私も決意して日本に帰国しました。知人誰もが、私が日本人と結婚するなど信じられないと言いましたし、1年足らずで離婚するだろうという予想がもっぱらでしたが、残念ながら(?)10年近く経った今も結婚生活が続いています。

 

 海外経験が長い日本人女性の中にはそのまま外国に定住してしまう方をしばしば見かけますが、よくぞ日本に帰ってきてくださいました、という感じです。帰国後、海外生活とのギャップが大きくて戸惑われたことはありませんでしたか?

 

 日本と外国のギャップというよりは、帰国と同時に結婚し、後に出産したことで、生活が激変したことの方が大きかったと思います。帰国後、夫の勤務先のある福岡に住みはじめました。以前にお世話になったことのある九州大学の先生の下で技術補佐員として勤めた後、九州大学の大学院博士課程に進学しました。33歳のときでした。まもなく第一子が生まれ、研究室に長い時間滞在できなくなって、研究生活に非常に不自由を感じました。研究に長い時間をかけられない私の研究の進度が遅々としていたので、予定通りに博士号を取得できるのか研究室のメンバー誰もが半信半疑でいたようですが、私の最後の頑張りに皆驚いて、論文や提出物などの修正に協力してくれました。おかげさまで、修了条件の論文2報を最終年度に通すことができ、年限以内で後期博士課程を修了しました。

 

 博士課程での研究課題はどのような内容だったのでしょうか?

 

 年輪の分析から森の成り立ちを調べる森林動態の研究を行いました。屋久島の森の歴史は、実は分かっていないことが多いのです。神聖な森とされ、神が許さないということで立ち入りを禁じられていたという言い伝えもありますが、一方で古文書には江戸時代の伐採の記録もあり、実際に人の手で切り倒された切株も残っていますので、完全な原始林ではないことが明らかです。実は記録に残っている以前にも屋久杉が切られた形跡があります。鹿児島にある神社の記録によると、古文書に残る記録以前の伐採による屋久杉材を使用していたことが分かっています。ですので、現在までにどのような頻度で、どのぐらいの本数の木が切られたのかは不明ということになります。
 現在は、屋久島は世界遺産ということで、樹木の伐採を含め人の手を入れることが禁じられていますが、現在の森が完全な原始林でないことを踏まえ、今後自然に任せたら現在の姿を維持できない可能性もあることを考慮して、人間による森林管理の可能性も検討するべきでしょう。遺伝子レベルでの多様性を維持したいと考えるか、自然の流れに任せて滅びるものは滅びても仕方ないと考えるのか、私達人間が何に重きを置くかによって、屋久島の森の将来が決まることを知って、長期的な視野に立って議論しなければならない。私たちはそういう時代に生きていると思います。
 博士号取得後、第二子を出産し半年の休業を経験しましたが、九州大学研究員として研究に復帰し、2015年12月から統計数理研究所で特任助教となり現在に至っています。

 

 福岡に勤務先があるご主人と離れ、二人のお子さんの世話をしながら単身赴任ということでしょうか。

 

 実母と同居し、育児のサポートをしてもらっています。私と兄妹を育てた経験があるだけあって、育児や家事の細かいところまで分かってくれる、一番の理解者で、強力なサポーターです。母の存在がなければ、現在のように研究は続けられなかったかもしれません。

 

 現在の統計数理研究所の利点を生かして、どんな研究の展開をしていきたいですか?

 

 現在の環境は、統計数理のあらゆる解析手法、特に数理最適化の手法を実際の研究に取り入れることのできるチャンスだと思っています。これまで農学部で林学をやってきて思うことは、林学は森林というキーワードで実にさまざまなテーマを包括する学問であるために、守備範囲が広く浅くなる傾向がありました。しかし、研究者を続けていくには、ひとつ「武器」になるものが必要だと自覚していました。幅広い知識を持ちつつも、これのスペシャリストだと言える何かです。
 統計数理研究所で日々接するのは統計数理を極めている優れた研究者ばかり、着任後すぐはそうしたレベルに達することはできないと精神的にもがいていましたが、近頃は自分の研究に役立つ、使える手法を見出すことが重要というスタンスに変わってきました。
 私の強みは解析したい実際のデータを持っていることだと、統計数理研究所の研究者仲間に言われます。実社会の経験から社会問題のいくつかに強い危機感を持っていて、その解決に取り組みたいという強いモチベーションがあることでは、他の研究者に負けないと思います。実データを解析した結果を理解できなければ、より適した解析手法を取捨選択することもできません。この研究所で得られる優れた研究者との人脈を通じて、今後の共同研究につなげていきたいですし、解析結果のフィードバックを行うことで、解析手法そのものの改良にもある程度貢献できるのではと考えています。

 

 例えば10年後はどのような問題に取り組まれているとお思いでしょうか?

 

 数理最適化の手法を使いこなせるようになってからは、日本国内と発展途上国における森林管理の問題に取り組みたいと考えています。数理最適化の手法は、かなり前から存在するにもかかわらず、日本国内の林業経営にはほとんど生かされていません。マネジメントプランを立てる手助けになる素晴らしい手法ですので、現場への橋渡し的な役割を担っていきたいです。
 また途上国において、森林計画を立てる人の不在は、世界的に見て最も深刻な環境問題を引き起こしています。数理最適化の手法で最適な解が出ますので、それに基づいて、どういう森を作っていきましょうか?と地元の人と話し合いながら計画を立て、長期に渡って関わりながら計画を見直していく、最終的に地元の人の理想とする森林をつくり、環境保全と森林経営の両面で満足できる形で世界の林業に貢献していくのが私の将来の夢です。

 

 最後に、教育面での抱負や、若い世代へのメッセージ等ありましたらお聞かせください。

 

 統計数理研究所での雇用は3年ですので、終了後は大学等の教育研究機関へ異動することになると思っています。
 研究所では学生の受け入れがわずかですので、将来は積極的に学生の教育に関わりたいと考えています。私は一般的な研究者と比べて若干多くの実社会経験をしてきましたので、多面的なものの見方をする訓練を積んできていると思います。学生に対する講義においても、専門分野の知識だけを教授するというよりは、より広い枠組みを伝えたいと思っています。例を挙げると、ある一つのニュースについて、メディアはこう報道しているけれど、違う背景もある、別な意見もあるということを、実際の例を挙げ、学生と一緒に考えながら、物事の本質を見抜く訓練をする、物事の多面性について考えるきっかけとなるような講義をしたいと思っています。その中に専門知識を位置付けることで、それを学ぶ本当の意味が分かってきます。

 

 お話、どうもありがとうございました。今後の一層のご活躍を期待しています。

 

 インタビューを終えて

 途上国の森林を地元の人との対話を通してつくりあげていきたいという伊高先生の言葉からは、現場を実際に見てこられた経験の蓄積からの力強さを感じました。実社会での苦労を重ねた上での問題意識をバネとして博士を取得されたことによって、これまで困難だった実業と学術研究との間の橋渡し的な役割を担うことができる希少な人材になられたものと思います。また学生の教育についても、日本と海外との文化的ギャップや学問の理想とままならない社会の現実のギャップに苦しんでこられたからこそ、ひるむことなく若い学生と向き合っていかれるのではと感じました。
 産業界と大学等研究機関との間で博士人材の流動性を活性化することは、文科省でも現在力を入れているようですので、伊高先生のように産業界を経験されている研究者の存在感は今後より一層高まっていくものと思います。現在の多忙な子育て期を乗り越え、5年後、10年後に、伊高先生が日本と途上国の森林管理を考える上で欠くべからざる人材として活躍されているように、情報・システム研究機構の女性研究者活動支援室としても全力で応援をつづけていきたいと考えています。

参照:「博士人材の社会の多様な場での活躍促進に向けて」