私の育児生活

ロングインタビュー 准教授、主夫になる

准教授主夫になる


ロングインタビュー:准教授、主夫になる!〜3か月の育児休業の理想と現実〜

2016年1月から3月にかけて3か月間育児休業を取得された国立極地研究所の猪上淳先生に、育児休業とその前後の子育てにまつわる経験談を伺いました。奥様も常勤の 研究者をされており、共働きの研究者夫婦が育児期を乗り切るためにどのようなご苦労をされているのか、お伝えできればと思います。



―今回、育児休業を取得して子育てに取り組もうと考えたきっかけを教えてください

第一子の時は育児休業を取りませんでした。仕事柄、長期出張で家を不在にすることがあるのですが、第一子の乳児期と長期の観測航海が重なってしまい、約1か月半、妻は子供を保育園に預けながら通常勤務をしていました。私が不在の間、彼女がすべてを一人でこなすことは大変だったので、ベビーシッターのお世話にならざるを得ず、経済的にもかなりの負担でした。このように第一子のときに単身で苦労した妻から、次(第二子の時)は育児休業を取ってほしい、と言われていたこともあり、第二子の時にはしっかり3か月間の育児休業を取ろうと考えていました。
最近読んだ日本経済新聞の記事によると、育児休業取得率に関する2015年の報告では、育休を取得する男性の4人に3人は有給休暇でも対応できる日数を育児休業に充てているという状況だそうです。(『男性の育休取得日数は56.9%が5日未満で74.7%が2週間未満に収まる。年休でも対応可能な日数である。』(労働政策研究・研修機構主任研究員 池田心豪「男性の育休取得率最高 道半ば 年休で育児も」2016年8月6日 日本経済新聞朝刊)
第二子が産まれたのは2015年の4月でした。妻の育児休業は2016年の3月まで取得が可能でしたが、2015年の12月までとし、入れ替わりで私が2016年の1月から3月までの3か月間育児休業をすることにしました。家事・育児を私が一手に引き受け、完全に「主夫」となったわけです。


―休業される前に、職場の上司・同僚の同意を求める際に心がけた点についてお聞かせください。

教育面では、博士課程の学生に対しては育児休業前に博士号を取得できるよう配慮し、また、講義については2016年度は後期に開講する科目を担当できるように依頼をしました。また、例年秋にある観測航海も、2015年は代わりの研究員に行ってもらいました。2016年、2017年も長期出張はしない予定です。2018年(第二子が3才になる)までの間は、できるだけ海外出張は控えたいと思っています。(※とは言いつつも復帰後の半年間で4回の海外出張をしてしまいました)
職場の理解については、3か月間育児休業を取ると言うと「長い間休めていいね」と言われることもありましたが、これから子育てに取り組もうという若手世代からは「すごいですね」という反応もありました。概して職場の理解はあると思いますが、育児休業制度に関してはよく知られていないというのが実情だと思います。


―育児休暇と育児休業との違いについて、誤解が多いということですが。

この2つの言葉はよく混同して使われているようです。正しくは育児「休暇」という言葉はなく、相当するのは職員就業規則に定められた有給休暇の一種である特別休暇になります。一方、育児休業では職場からの給与はありません。雇用保険から育児休業給付金を2ヶ月に一度支給されますが、休業直後2ヶ月間は収入が無い状態で、若い世代にとっては経済的に厳しいこともあると思います。私は今回、有給休暇を使わず、育児休業を取得しました。有給休暇は温存し、育児休業後の不測のときに備えています。急な病気や怪我など、子育て中には突発的に仕事を休まなければならない事態が出てきますので。(※復帰後半年間で看護休暇を含む10日間をお休みさせていただきました)


―育児休業中の一日のおおまかなスケジュールを教えてください。

妻が朝6時前に出勤した後、私は6時に起床し、子供に食事をさせ、9時には上の子を保育園に登園させます。午後4時に迎えに行くまでは下の子と2人きりです。ミルクをあげて寝かしつけ、その隙に布団干しや部屋の掃除などをします。昼食は子供中心で、自分の食事はおろそかになりがちでした。午後に下の子が昼寝をする間に職場のメールを流し読みし、簡単な返事をできるものだけ処理をします。妻は夕方5時に帰宅します。そういった毎日です。さらに、子供が風邪をひけば小児科や耳鼻科に通ったり、3歳の上の子も活発になる時期だったので、怪我をして整形外科に通院したりという時期もありました。


―想像する以上に多忙な毎日だったようですが、育児休業中、仕事のことを考える時間はあったのでしょうか。

平日の昼間、子供が寝ている間には仕事のことを考えたり、メールチェックをする時間もありましたが、1日の中でそのような時間は1時間程度しかありませんでした。論文査読や海外の学会の招待講演の依頼等もありましたが、時間的に対応できませんのですべて断っていました。しかし、私の育児休業期間が年度末に重なったこともあり、予算関係の資料作成や、研究員採用の面でどうしても対応せざるをえない仕事もありました。非常に重要だった案件の1つとしては、私がある研究プロジェクトの1テーマの実施責任者であったため、部下と仕事の進捗状況を確認するだけでなく、関係者とスカイプ会議をしなければなりませんでした。そんな時は、タイミングを見計らって子供に食事やおやつを食べさせ、しばらくして眠くなった子供を寝かしつけ、その間にスカイプ会議をしたりと工夫していました。
こんな訳でメール一本送るのにも相当苦労していたのですが、ここに育児休業の理想と現実が見えてきます。当機構の育児休業等に関する規定では「育児休業をしている職員は、職員としての身分を保有するが、職務に従事しない」とあります。これはすなわち、育児休業中は仕事をせずに育児に集中しなさいということだと思うのですが、実際には完全に仕事を意識しないというのは難しかった ですね。これは、当事者が育児に専念すると決めていても、職場の人間が育児休業制度の意味するところを理解していないと解決できません。また、音信不通で対応しないでいると復帰後に意図しない不利益を被る可能性も否定できません。いまはメールで簡単に仕事を振れる時代です。子供が昼寝している間にでもできるだろうという考えが、ギャップを生み出します。フリーの1時間を作るのがどんなに大変なことか!生後9ヶ月から11ヶ月にかけては、ハイハイからつかまり立ちへと身体能力が急激に向上してきますので、目が離せなくなり、さらにお昼寝の時間も減ってくるため、私の自由時間もそれに連動して減ってきます。


―海外の研究者とのやり取りの中で、育児休業取得について話したことはありますか。

私が育児休業を3か月取った、と言うと海外の研究者からの評判は良かったですね。共同研究で知り合う海外の研究者にはノルウェー等の北欧の研究者が多いのですが、彼らは普段から夕方4時に仕事を終え、帰宅後は家族との時間を過ごすのが通常です。制度的にも、両親が交互に育児休業を取る方が経済的にメリットがある仕組みになっているようです。


―育児休業を取ったことについて、良かったと思える点はありますか。

第二子の育児は、第一子の経験からおおよその発達段階を予測でき、子育てそのものに慣れてきているというメリットがあります。そもそも(自分で言うのもなんですが)普段から育児・家事に注力していますので、「乳児食を作るのがこんなに大変だった」とか「妻がこんなに家事で苦労していたのか」などのような、新米パパのような発見は正直ありません。ただ、時間の大切さについては敏感になったと思います。また、第二子につい目がいきがちなのですが、第一子との時間をいつもよりも長く持てたというのは良かったと思います。保育園から帰ってきたあとは、(夕飯までの中途半端な時間をどのように使うか苦慮した結果)図書館に行くことが多く、いまでは絵本が大好きになっています。
あとは、保育園の先生や園児たち、小児科の先生などと顔見知りになり、頻繁に情報交換できたのも良かったです。
職場復帰後の現在はごく淡々と日々の生活を送っています。7時15分に朝一で保育園に2人をあずけるのが私の役割で、毎日が時間との戦いですが。平日の睡眠時間は5時間を切っており、毎日くたくたですが、普通に仕事に行けることは家族が健康な状態である証でもあるので、実は幸せなことなのです。育児休業体験を含めて、現在の育児生活の本当の効果は、10年後ぐらいに振り返ってみないと分からないものかもしれませんね。



毎日のハードスケジュールで心身とも疲労困憊されているのではと心配になりますが、「淡々と」というお言葉から、最近よく耳にするようになった「マインドフルネス」を連想しました。激しい喜怒哀楽ではない中庸の精神状態を保つことで、お子様の急な病気等の突発的な出来事にいつでも対応可能な心持ちを実現されているのでしょうね。本日は貴重なお時間をありがとうございました。