輝く女性研究者紹介

統計数理研究所
データ科学研究系 助教

廣瀨雅代先生

 

現在の研究テーマについて教えてください

 「各地域や領域別の特性値への効率的な統計的推測法」についての研究を行っています。全国規模で行われた調査のデータを用いれば全国の平均等の推定値は信頼できるものであると通常は考えられます。しかしその際、同じデータをもとに市区町村などの細かな地域別の特徴も知ろうとする場合、それぞれの地域のサンプルサイズが小さくなりやすく、その地域の情報だけを用いた推定精度は低くなってしまいがちです。この状況に対して、ある条件下では、他の地域の情報を適切に借りることによってより精度の高い地域像を類推できるような推定手法が構築される一方、実践面ではこの方法に対するいくつかの問題も指摘されています。その問題点を解決すると同時に推定精度も損なわないような、実践面で取り扱いやすい新たな統計手法の開発を行っています。

 

統計学を志したきっかけは何でしたか?

 

 高校3年の夏休み、受験までの限られた時間を費やして数日間、ひとつの物理の公式を自力で証明しようと取り組んだことがありました。すぐ答えを見たり、公式を暗記する方が受験生にとっては時間の節約になり効率的であるのかもしれませんが、なぜそんなことをしようとしたのか?というと、今はよく知られている公式といえども元々は歴史上の誰かが証明したものなのだから、自分も挑戦してみようと考えたからです。結果的に自力で完璧に証明することは出来なかったのですが、自分なりに時間をかけて考えた上で答えを見たとき、その証明が非常にエレガントで、とても美しいものに思えたのです。
 その一方で、同じく高校生の頃ですが、SARS(編集注:重症急性呼吸器症候群、中国で発生し多数の死者を出した)が流行した際、薬が効くものという先入観が覆されて大変ショックを受けました。その時、新規のものを作り出す創薬にも魅力を感じました。結局、抽象的な数学の世界の魅力に惹かれて大学は数学寄りの学部に進学したのですが、大学3年の頃に、製薬会社で創薬の過程で統計学が不可欠であることを知り、数学と創薬、私がやりたかった2つのことの接点に統計学という分野があることを知りました。それが、統計学を学ぼうとしたきっかけでした。

 

すでに高校生の頃には研究者の大切な素質である自立心と粘り強さを兼ね備えていたのですね。本格的に研究の道に進もうと思われたのはいつ頃でしたか?

 

 学部の頃には統計学に魅力を感じていたのですが、当時、私が所属していた学科には統計学に関する講義がなく、ほぼ独学状態で大学院に進学しました。とても自由に研究ができる環境でゼミの発表準備等に打ち込んでいるうちにますます研究が楽しくなってきましたが、ひとりでやっていて行き詰まりを感じることもありました。そんな時指導教官からの勧めもあり、私のテーマに近い分野の研究が進んでいたアメリカへ留学をしました。その時はここでベストを尽くしても自身の研究テーマに目途が付かなかったら、自分には研究の能力がないと諦める覚悟でしたが、幸いアメリカで良い先生との出会いがあり現在に至っています。その先生とは今でも共同研究を続けています。

 

統計数理研究所の雰囲気はどうですか?

 

 研究環境はとても良いと思います。何より、同じ研究所内でも様々な分野を研究している方がたくさんいて、視野が広がります。研究所では、私は一人で黙々と考えたり、数値実験したり、思いついた数式を書いたりしていることが多いのですが、時折話し相手になってくれる様々な立場の方もいて何かと助けられています。

 

今後、廣瀨先生の研究分野はどのような面で社会への応用が可能になりそうですか?

 

 医学・健康の分野への応用は特に重要だと考えていますが、他にも様々な分野に適応が可能だと思います。少なくとも他国では、国で行われるような公的な統計の分野でも私が取り組んでいる問題が重要視されています。今後さまざまな分野での需要を把握することで、従来使われてきた統計的手法の問題点を見直すことが出来ると考えています。そのためには視野を広げ、多様な社会問題への取り組みを学んでいきたいと思っています。

 

将来はどのような研究に取り組みたいと考えていますか?

 

 アメリカ留学時に、社会的な課題として貧困という問題があることに気づきました。政府からの予算は限りがありますが、推定精度があまりよくない状態のデータを基に各地方に均等に予算を割り振ることは平等ではありません。こうした場合に、推定精度の向上というのは実際にとても有用だと知ることができました。そのためには現場の問題を的確に把握することが大切ですので、現在はそういったことも考えながら研究をしています。たとえば、先進国では当たり前に使っている計算機ですが、これに強く依存しすぎると、新興国では扱いにくいのではないだろうか…ということも考えながら研究をしています。将来は格差を是正する方向で、経済的困窮者により効果的に支援の手が届くよう、地域ごとに異なる貧困率等の統計的推測法の精度をさらに上げることによって、社会貢献ができることを望んでいます。